才能教育研究会副会長

ワートラウト・鈴木


略歴

1905年 ドイツのベルリンに生れる
1920年 シュテルンシェ音楽院へ通う
1923年 鈴木鎮一に出会う
1928年 結婚(ベルリンにて)
 同年 はじて名古屋へ
1929年 東京へ移住
1941年 箱根移住(鎮一は木曽福島へ)
1946年 日本赤十字に勤務
1949年 海運会社に勤務
 同年 チャータードバンク勤務
1956年 松本に移住
1978年 金婚式
現在、才能教育副会長

目次

大戦下のドイツ インフレ 空腹でも朗らかに
鎮一との出会い ホームコンサートで「お送りを」
鎮一、ベルリンへ クリングラー先生の弟子に
交際5年の結婚 母重体-シベリア鉄道で日本へ
生活様式の違い 披露宴でしびれ 転がり出る
父の倒産 「夫のため」人手に渡ったピアノ
第二次世界大戦 教室の閉鎖 夫と離ればなれに
つらい板挟み 憲兵隊訪問 同胞の冷たい目
音楽院スタート 天才よりも才能伸ばす道
10 豊田耕二さん ラジオ「尋ね人」で呼び寄せる
11 15年ぶり同居 鎮一の病押して初の全国大会
12 国際的広がり カザルス氏が感激 米で指導も
13 念願の研究所 翻訳本効果 スミス氏からの援助
14 愛する信州 鎮一と共に70年 なお両輪で


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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