信濃ワイン社長

塩原博太


略歴

1926年(大正15年)東筑摩郡洗馬村に生まれる
1953年(昭和28年)洗馬村果樹研究同志会初代会長
1956年(昭和31年)塩原食品(株)(現信濃ワイン(株))
         専務取締役
1959年(昭和34年)洗馬村交通安全協会副会長
1966年(昭和41年)塩原食品(株)代表取締役社長
1970年(昭和45年)塩尻交通安全協会副会長
1977年(昭和52年)中信ワイン事業協同組合理事長
1981年(昭和56年)保護司、民生委員
1982年(昭和57年)塩尻市勤労者互助会副会長
1985年(昭和60年)長野県缶詰協会監事
1987年(昭和62年)塩尻市水道事業運営審議会会長
1990年(平成 2年)塩尻市洗馬地区区長会長
        兼太田区長
      同年 塩尻ライオンズクラブ会長
1994年(平成 6年)塩尻商工会議所副会頭
1997年(平成 9年)松本法人会副会長兼塩尻部会長

目次

ブドウ栽培   不景気で製糸から方向転換
寿屋の進出   不審な買い手 父親が追跡
価格切り下げ  折り合わず 新たな工場誘致
太平洋戦争   松商で得た友人 野辺山で終戦
食料難の中で  ブドウ加工研究に乗り出す父
製造から販売まで生ぶどう酒で 独立自営の道
テコ入れの広告 「ワイン」認知 少しずつ浸透
父の急死     社長就任 弟たちと苦労ともに
兄弟"三本の矢"  排水施設に力 価格取引を改善
10 塩尻発展を夢みて 好きな仕事と社会貢献に全力


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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