陶工

篠田義一


略歴

1924年(大正13年)下伊那郡川路村に生まれる
1942年(昭和17年)人間国宝 京都芸術大学名誉教授・近藤悠三の門に入る
1949年(昭和24年)日展初入選 以後昭和36年まで日展に出    品
1953年(昭和28年)長野県展審査員(28歳)
1958年(昭和33年)朝日陶芸賞
1968年(昭和43年)朝日陶芸展審査委員長
1983年(昭和58年)作陶40年記念展開催(松本・東京・名古     屋・青森・広島)
1985年(昭和60年)東京日本橋高島屋に於ける個展
     第20回記念展開催
1991年(平成3年)松本市文化芸術功労者
1992年(平成4年)長野県文化芸術功労者
 

目次

実父との出会い   夢追う鉄石と"父子同居"中に
これが現実     出生の事情知らされ開き直り
敗戦迫る召集   「将校でないと・・・」心配した母
陶芸の道へ     生きがい探す中 人形の第一作
くじで連続一等賞 賞金を旅費に京都へ弟子入り
目標は高く     日展初挑戦-いきなり入選
独立        苦労知っている師の娘と結婚
松本に帰郷    「藍色」と「常念」を壺の軸に
県文化使節で渡米  足代稼ぎ ハワイでラジオ出演
10 美大で講演     言葉抜き 実演で乗り切る
11 海外経験テコに   創作に積極さ うれしい完売
12 恩返しのとき    ロータリー県会長で忙しく
13 同じ道3人の子   うれしい親子展 心の余裕得て


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

ホームへ戻る |  本文へ