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13 外国体験通して 誇りの信州 異文化交流を


キャンパスで学生と談笑
 七人の家族が国内ばかりか外国で生活するには、特に育児の面で苦しいときもあった。
 妻は中学校の理科の教師になり、現在も勤めている。
 「女性も経済的に自立し、専門を生かして仕事を続けるべきだという考えを、妻は持っています。もっとも私の母の協力もありましたが…」
 1992年から1年間、米国カリフォルニア大学サンディエゴ校大学院で、中国の政治と国際関係についての講義を受け持った。
 「アメリカの大学院生は実によく勉強します。教授も引っ張られ、毎週3時間英語でぶっ通し授業をやりましたが、とてもよい体験でした」
 世界中を巡っているうちに多くの友人ができた。例えば、台湾の李登輝総統とは十数年にわたる付き合いだ。
 「李登輝さんは素晴らしい政治家ですが、それ以上に第一級の学者です。出会って以来、大変親しくさせていただき、私の家族も何回かお宅に伺っているんです」
 日本は国際化したといわれるが、実質的にはどうだろう。男女4人の子供が全員AFS留学生だったこともあって、今もホームステイの学生を預かっている。ただ、お互いにホームステイをしたというだけでは、本当の意味の国際交流ではない。異文化間の交流があってこそだ。しかし、文化交流は政治や経済のそれ以上に難しい面もある。交流すれば、摩擦も生ずる。あるいは民族紛争が起きる。さらに宗教や言語が絡むと、妥協できなくなる。
 今日まで日本はそうした問題にぶつかったことが少ないだけに、世界の国境が低くなりつつあるとき、どう対処すればいいか真剣に考えなければならない。
 そのためにも、ヨーロッパ近代をもう一度考えてみたらどうだろう。みんなが心を奪われる共通の文化は何か。
 例えばクラシック音楽、21世紀になってモーツァルト、ベートーベン、ブラームスをしのぐ人が出るだろうか。恐らく出ないだろう。ということは、ヨーロッパ近代が持っている普遍性を大切にしなければならないことになる。
 日本はこれから異文化をどう取り入れるか、どう受け止めるのか、まだまだ閉鎖的だ。
 信州人はとかくプライドが高いが、国際的な視野にはいまひとつ欠けているようだ。
 長野県には、かけがえのない自然がある。その自然と共生することが大前提だが、最近は信州らしい特徴が次々と失われ、標準化、画一化されていくことに寂しさを感じる。便利になることに反対するわけではないが、ローカルなものは徹底してローカルにしていってこそ国際的な価値にもなるのにと思う…。
 生まれてから今日まで信州を誇りに思い、松本を愛し続けてきた。世界を巡る時、いつも心にふるさとがあった。東京や世界で仕事を終えたら必ず信州へ帰って来よう。
 中町を通り過ぎて、ふと後ろを振り向くと、懐かしいアルプスの嶺々が夕日に映えて美しい。