前連合長野会長

松田章一


略歴

1932年(昭和 7年)東筑摩郡波田町生まれ
1947年(昭和22年)松本電鉄入社
1952年(昭和27年)松本市立高校卒業
1958年(昭和33年)松本電鉄労組専従・書記長
1976年(昭和51年)私鉄長野県連副委員長
1977年(昭和52年)長野県労働問題審議会委員
1984年(昭和59年)長野県評事務局長
1985年(昭和60年)長野県最低賃金審議会委員
1990年(平成 2年)連合長野会長
         長野県地方労働委員会委員
         長野県労働者福祉協議会理事長
1995年(平成7年)-現在  連合長野顧問

目次

父親の顔知らず  「かあちゃん」二人 従兄弟と育つ
給仕と高校生と  疲れ忘れた楽しい夜間部
"演キチ"たち   土方与志氏を訪問 アマ劇団も
労組青年部を結成 岩井章氏らの励ましテコに
浅間線の撤去   自動車化の流れ 条件闘争に
書記長就任    60年安保スト 5分演説に苦労
反合理化スト   資金稼ぎに田植えやワサビ売り
徹底対決再び   "行動するストライキ"支援の輪
立場超えて    分裂やオーナーの死 己を貫く
10 会社再建     焼き鳥・カラオケ アイデア駆使
11 県評事務局長   時代の流れ 民-民コンビ誕生
12 連合長野発足   初代会長「長野らしく」前面に
13 外国との交流   戦争の反省 大衆レベル相互に
14 勇退決意     連合の可能性託し若い世代へ
15 明日の労働者へ  旅・夢・ロマン−有意義な生を


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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