元郵政大臣

唐沢俊二郎


略歴

1930年(昭和 5年)東京に生まれる
1953年(昭和28年)東京大学法学部卒業
      同年 富士銀行入行
1968年(昭和43年)亀戸支店次長にて富士銀行退職
1969年(昭和44年)衆議院議員当選(以来9回当選)
1975、76年 大蔵、文部政務次官
1981年(昭和56年)衆議院社会労働委員長
1985年(昭和60年)内閣官房長官副長官
1986年(昭和61年)自民党県連会長
      同年 郵政大臣
1988年(昭和63年)衆院災害対策特別委員長
1989年(平成1年)自民党総務会長
1993年(平成5年)全国治水砂防協会長(現在に至る)
1995年(平成7年)裁判官弾劾裁判所裁判長
1996年(平成8年)解散により衆議院議員退任

目次

泣き虫幼児期  赤痢にかかり一命をとりとめ
公立へ転校   父の職を左右した激しい時代
軽井沢へ動員  空腹と目まい 親元へ一日脱走
父の選挙応援  手を振り頭下げ すべてが初めて
父の浮沈    念願の政界入り 法相で落選
父の復活と死  身近で強まる政界入りの誘い
政治家の道   39歳の転身、206票差の滑り込み
議員一年生   乱闘国会の先例 アザだらけに
日中国交正常化「長野は有名…」周恩来氏笑顔で
10 文部政務次官  スポーツ好き 海部氏と施設造り
11 官房副長官   各国首脳と対面 東京サミット
12 松本空港整備  もめた札幌路線 今やドル箱に
13 政治改革    併立制採決に棄権して抵抗
14 議員にピリオド  将来憂いつつ次代の力信じて


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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次回は前松商柔道部・野球部後援会長江原正一郎さんの予定