真派青山流家元

上條 香月


略歴

1930年(昭和 5年)9月19日松本市六九町生まれ
1948年(昭和23年)松本市立高等女学校卒業
1948年(昭和23年)日本大学経済学部卒
1948〜1951年(昭和26年)松本市立高校(現美須々ヶ丘高校)生物研究室勤務
1951年(昭和26年)松本市立高校を卒業


幼少から初代家元・上條香月(祖母)に真派青山華道を学び、1953年(昭和28年)から本格的に道に入る
1966年(昭和41年)初代家元没。11月、2世家元を襲名
1985年(昭和60年)煎茶礼法青山流創流。
華道とともに一門を統率し、国際的にも活躍している。
(著書)いけばなガイドブック、信州のはな、信州歳時記。共著多数。

目次

真派青山流    祖母が創流“華の道”を歩む
尋常小に入学   教師だった父 しつけは厳しく
高等女学校    家庭科は苦手 教師とも合わず
松本に疎開    市立高女に編入 生物に傾倒
女学校卒業    華の道絶ち 生物研究室助手に
自分信じ結婚   夫と気持ち通わず、実家に戻る
華道の道     初代に許され50周年の手伝い
師弟関係     お互いの気持ち次第に理解
初代の偉大さ    花材や花器選びも試される
10初代の死     「跡をお前に」といわれた直後
11家元二世襲名   先代からの弟子に助けられ 
12ハワイへ渡航    「すべては礼に」教えが生きて
13野外いけばな    風雨の時には弟子達が人垣
14日本人として    正田富美さんがお褒めの言葉
15華道と煎茶道    支え受け、「生涯学習の道」歩む


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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