元国務大臣・環境庁長官

岩垂寿喜男


略歴

1929年(昭和 4年)東筑摩郡笹賀村小俣に生まれる
1951年(昭和26年3月)中央大学専門部法学科卒業
1977年(昭和52年)中央執行委員(企画担当)
1986年(昭和61年)中央執行委員、広報局長、総務局長
1988年(昭和63年)中央執行委員(政策担当)
1990年(平成2年)委員長指名中央執行委員、党内閣部会長、環境部会長、厚生部会長を歴任
1991年(平成3年8月5日〜5年1月21日)
      衆議院物価問題等に関する特別委員会委員長
1994年(平成6年9月30日〜7年9月29日)
      衆議院厚生常任委員会委員長
現在(財)日本野鳥の会理事(自然の保護と調査のための委員会委員長)(社)日本環境教育フォーラム副会長(会長 原文兵衛)アイドリングストップ推進会議議長

目次

笹賀の農家育ち  20分 風のように駆け集団登校
行事に大わらわ  三九郎や道祖神祭 夜を徹して
海軍通信学校   連帯責任 注入棒で尻たたかれ
教員補で鹿屋へ  「後を頼む」桜を帽子に特攻隊員
終戦 虚脱の復員 釣りに熱中、玉音放送聞き逃す
中央大学に進学  配給分だけの食事 故郷しのぶ
社会党に入党   棚橋先生の秘書 充実した日々
市議選に落選   弁護士めざして必死の勉強
総評への就職   スト指導で国民の要求に触れ
10 公害の顕在化  “市民と連帯”を活動の方針に
11 衆議院に立候補  二位で当選 公害問題強く訴え
12 自治権の強化   環境問題の「駆け込み寺」に
13 衰退のかげり  “土井ブーム”去り 情勢厳しく
14 三党連立政権   ヒョウタンから駒 村山内閣成立
15 24年の議員生活  退くまで続けた「月曜日の声」


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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