「松本民芸家具」会長

池田三四郎


略歴

1909年(明治42年)松本市生まれ
旧制松本中学卒業
1932年(昭和 7年)旧制東京高等工芸学校(現千葉大学)卒
1944年(昭和19年)中央構材工業会社設立に参加、
         常務取締役
1957年(昭和32年)株式会社中央民芸社長
1962年(昭和37年)株式会社松本民芸家具社長
1972年(昭和47年)松本家具工芸協同組合理事長
1977年(昭和52年)中央民芸会長
1978年(昭和53年)松本家具工芸協組合相談役
現在、株式会社松本民芸家具代表取締役会長

目次

大家族の中で   学校を休み天井裏てぜ隠れて読書
悩める中学時代  落第寸前 父の助言で救われる
社 会 運 動   不当な食堂 不食同盟で抗議
実家で療養生活  結核に酒びたり 坊主頭で故郷へ
渋谷の写真工房  生活のため商売道具も質草に
「三六工房」   亡き兄の名をもらい三四郎に
東京電灯の仕事  写真の版権を説いて得た100円
軍の下請け工場  空襲-松本を本拠地に再出発
戦 争 終 結   信州で最終決戦-敗戦を予感
10 インフレの波   報われぬ労働に厭世観芽生え
11 民芸への目覚め  両立ならず建設放棄を決心
12 職人との闘い   成果上げた厳しさとこだわり
13 協同組合運動   自らの本文見つめる機会に


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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