目次前ページ次ページ

9 仏語の自主勉強 シャンソン愛好―正式単位に


東大1年の時、自宅縁側。
安藤元雄さん(現明大教授)、
土屋滋さん(現台北在住)と本人(右)
 本郷村から深志高校へ進学した生徒たちは、往復の道が一緒になることもあって、結束が固かった。
 翆影会という会があり、学期ごとにコンパを開いていた。新入生が入ると、歓迎会。私の時は美ケ原高原へキャンプに行った。みんなで酒を飲み、歌などを歌った。ズンドコ節も出たが、「井筒の湯」の木下さんが蓄音器を持ってきて、レコードに合わせて歌った。中でもシャンソンのメロディーが気に入ったが、松島詩子さんの歌詞が宝塚っぽくて歌うのが少し恥ずかしかった。「パリ祭」や「パリの屋根の下」というものだが、映画で元歌を聴くのとどうも違うのである。歌うなら変な訳詩ではなく、元の歌を歌おうということになった。
 それにはまず、フランス語を勉強しなければというわけで、短絡的な話だったが、その時は真剣だった。モーパッサンの短編を少しずつ、やがて一ページをすらすら読めるようになると、フランス語が面白くなった。
 ある日、幾何の臼井始先生が私たちのところへ来て言った。
 「君たちはフランス語を勉強しているそうだね。ついてはおれもやっているんだが、一緒にやらないか。他にも希望者がいるんだが、みんなでやろうじゃないか」
 私は大勢で勉強するのは構わないと思ったが、また初めからお付き合いをしなければならないと思うと、少しおっくうだった。しかし、臼井先生の目的がプルーストの『失われし時を求めて』を原文で読むことを知り、私たちのシャンソン云々とは比較にならない遠大さに脱帽した。
 臼井先生との自習会は夏から半年続き、翌年には正式な単位として認められるまでになった。おそらく、すでにドイツ語の講座が正式な授業になっていたせいもあったのであろう。私が卒業した年には、東大の仏文科出身の先生が赴任するまでになったのである。
 だが、それも後年になって大学受験の手段でしかないとの理由で廃止されてしまった。フランス語の問題は初歩の文法を理解していれば、楽に百点満点が取れるという訳だ。それは一つの理由として仕方ないが、私は廃止を決めた人たちが『失われし時を求めて』をフランス語で読もうという臼井先生の貴重な意欲を知っていたかどうか、大変な怒りを覚えた。
 高校3年。大学入試の準備に取りかからねばならない。私は今まで定期的なテストは一夜漬けで通してきたが、入試となればそうはいかないことは目に見えていた。が、なかなかそんな気分になれないのだ。とうとう年の暮れも押し迫り、とりあえず全国一斉テストを受け、ある程度の目ぼしがついた。旺文社の『傾向と対策』では8科目を片付けるにはページ数が多過ぎる。そこで『要点』という小冊子シリーズに切り替えることにした。
 問題集をやっているうちに気が付いたことがある。それは物理も生物も数学も、すべて日本語のあやつり方を理解すれば問題は解けるということだ。例えば「検討します」ということは「何もしない」という意味であるように。解答は問題文のなかにヒントが隠されているのだ。それに気が付いた私はあんまりシャカリキになるのはやめようと、開き直った。