松本昭和学園理事長

土手内 頼人


略歴

1916年(大正5年)東筑摩郡四賀村に生れる。1931年(昭和6年)喜多原花園経営。1947年(昭和22年)池坊華道専門学院(京都)を修了し、花の道研究会主宰(明科)。1950年(昭和25年)文化華道学院(松本)創立。池坊総華督。以降、松本高等家政学校、昭和高等実業学校を経て、1968年(昭和28年)昭和園芸高等学校設立、学校法人松本昭和学園理事長。その間、花いっぱい活動に参加、教育の柱としてきた。草花・花木・野菜など数百種の維持保存に努め、110余種に及ぶ品種改良と育成。栽培実技指導の傍ら各種団体での講演、環境美化等の設計助言、新聞雑誌への掲載、テレビ・ラジオで栽培愛好者の指導にあたる。
著書に「華道家元花型集」「稼動大法精神の巻」「茶道巻伝」「花の栞」「おもしろ家庭園芸」雑誌月刊「花の道」。随筆「かたつむり」他。
私学経営(創立者)功労により、勲四等瑞宝章及び長野県知事表彰(教育功労)を受ける。従五位。平成12年逝去。

目次

夢は学校づくり    働き者の父 農閑期は棟りょう
いたずらっ子    ぬれぎぬに立ち続けて抗議
せきずいを病む    寝たきりの生活 じっと読書を
花づくりスタート    珍しいサボテン 売れに売れ
京都の池坊へ    住み込みで華道修行 夜は内職
ふらっと放浪    花ばさみと防水シートを持って
華道教授所    母の薦めで弟子のみきと結婚
教室を東町に    戦争終結−これからは園芸だ
文化華道学院    花・和裁・料理で子女育成に力
10松本高等家政学校    雨の中も走り回って生徒募集
11立ち退き    「拡張チャンス」プラス志向で
12里山辺に移転    丹念に石拾い−花壇日本一に
13昭和園芸高校    心配よそに予想以上の受験生
14教育理念の実践    私学振興功労で勲四等を受賞
15エクセラン高校     豊な感性養い自分磨く場に


「私の半生」は、「タウン情報」に掲載されたもの。聞き書き・佐藤文子氏

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